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納車後も進化中。患者と医療スタッフのことを考え抜いた「エクモカー」にどんな工夫が満載なのか詳しく教えてもらった

納車後も進化中。患者と医療スタッフのことを考え抜いた「エクモカー」にどんな工夫が満載なのか詳しく教えてもらった

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なんでもやってるDMMグループは、「エクモカー」(※注釈) まで製造。納車式の模様に加え、これまで世間に発表されているエクモカーとは異なる工夫が複数のメディアで取り上げられています。

今回のエクモカーの工夫部分について、企画を担当したDMMグループ「ベルリング」の代表、飯野 塁に聞きました。

同じくDMMグループで製造を担当した「WERM」代表の二神 智、依頼主である「千葉大学医学部附属病院」の大島 拓先生、専用ストレッチャーを開発した「オーエックスエンジニアリング」石井勝之社長のコメントも交えてお伝えします。

※注釈:「エクモカー」

血液を体外に出して酸素を加え、再び体内に戻す体外式膜型人工肺とも呼ばれる装置が「 エクモ(ECMO)」。そのエクモを装着した患者を搬送できる特別な救急車が「エクモカー」です。新型コロナウイルスの重症患者を広域搬送できるため「走る救命救急室」とも呼ばれ、注目度が高まっています。

※以下、敬称略

 

【目次】

患者の乗り心地を優先して「マイクロバス」にしたからこそ、大きな課題も

 

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飯野 塁(いいの るい) 株式会社ベルリング 代表取締役CEO

1989年千葉県生まれ。大学在学中に消防事業を営む株式会社ベルリングを創業。同年10月、CFRP(炭素繊維強化プラスチック)を活用した業界最軽量の消防自動車用ハイルーフ、Carbon Fire Jacketを開発。2014年に消防車両事業も開始。2019年にさらなる事業拡大のためDMM.comへジョイン。

 

——初めて製作したエクモカーには工夫が詰まっているそうですが、従来の他社製とは何が違うのでしょう?

飯野:マイクロバスをベースにした点が異なっています。エクモカーはトラックをベースにした車両が主流です。われわれも最初はトラックにしようと考えたのですが、荷物を運ぶ車なので乗り心地が快適ではないんです。さらに、トラックはボックス型で横風を受けて揺れやすいという課題もあります。そこで、人を運ぶために設計されていて乗り心地が快適なマイクロバスにしようと考えました。

想像してみたんです。自分が患者だとして、エクモを装着して管を入れられているときにどんな車で運ばれたいのか。やっぱりガタガタ揺れるのは嫌ですよね。それでマイクロバスを提案しました。

 

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大島 拓(おおしま たく)

千葉大学病院 救急科・集中治療部 医師/千葉大学大学院医学研究院 救急集中治療医学 講師

日本救急医学会指導医、救急科専門医、日本集中治療医学会専門医、日本急性血液浄化学会認定指導者、日本外科学会認定医、ICLSディレクター、JPTEC千葉県世話人。

 

大島:当初は海外で使っているような大型の車両をイメージしていたんですが、飯野さんからマイクロバスをベースにした救急車両を提案していただいて、「これだ!」っとピンと来ました。以前から病院外での診療がしたいと考えていて、そのためには車両が必要だと動き始めたところで、マイクロバスなら実現できるという感触がつかめました。


飯野:ありがとうございます。日本の道路事情を考えても、大型のトラックよりマイクロバスが適していると考えたんです。

ただし、箱型形状のトラックに対し、マイクロバスは車体上部の外側が湾曲しています。丸くなっているからこそ横風の影響を受けにくいんですが、その分、車内は少し狭くなります。トラックでもスペースが足りないくらいなのに、さらに狭いというのが大きな課題になりました。

 

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——狭い車内でスペースを確保するのは無理難題のようにも思えますが、どうクリアしたのでしょうか?

飯野:大島先生に車内でどんな作業をするのかを細かく伺った上で、それに合わせてレイアウトなどを詰めていきました。毎日のように寝る前まで考えたり、スケッチを繰り返したり。マイクロバスがベースで実用的なエクモカーが本当に実現できるのか…確信が持てるまではけっこう時間が必要でした。

いろいろ考えた結果、救急車で使っていた「座面が跳ね上がる旋回シート」を転用することにしました。必要なときはイスとして座ることができますが、不要なときは畳んで旋回すれば壁と一体化。立って作業するスペースが確保できます。

 

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飯野:また、機材などを積む必要もあるので、作業スペースと収納スペースの2つにゾーンを分け、作業がしやすいようにしました。

そこで気がついたんですが、マイクロバスには意外と長さがあったんです。トラックよりも全長があるので、それを活かしてストレッチャーを2台まで積めるようにしました。搬送できる患者さんが増やせれば、コロナ感染者が急拡大したときや他の目的で出動した時にも役立つと考えたからです。

 

「感染リスク0」を目指して、空気の流れや密閉性を徹底的に検証

——スペース確保のほかにも工夫したポイントはありますか?

飯野:エクモカーを運転する人も大切な医療従事者であり、「絶対に感染させたくない」というお話をいただきました。エクモカーが稼働し続けるためにも重要な条件なので、検証しながら徹底的に考えました。

選択肢は2つ。1つは、前から風を送り込んで後部に排気量が高い換気扇をつけ、空気の流れを作る方法です。風が逆流することはほとんどなく、感染リスクを抑えつつ換気能力を高めることもできます。もう1つは、運転室と患者室で空気を遮断する方法です。患者室の空気が絶対に運転室に流れないようにできれば、感染リスクはかなり低減できます。

採用したのは後者。換気効率よりも、感染リスクを0に近づけることを優先したからです。そこで重要になるのが、空気をきちんと遮断できる隔壁や扉の密閉性。それは「WERM」とともに実現しました。

 

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二神 智(ふたがみ とも) 株式会社WERM 代表取締役

大学卒業後、農業用設備機械メーカーの設計を経て消防ポンプメーカーに入社。営業から開発、製造現場まですべての工程を経験したあと、消防事業を統括。課題となっていた収益性の改善と販路の拡大を実現。2019年9月、株式会社WERM参画。

 

二神:実はこれまで、内装に関わる機会はあまりなかったんですが、組み立てながら調整したり工夫したりして完成に至りました。

 

飯野:二神さんは自ら車両設計を手掛けるだけでなく、生産の現場監督もされます。だからこそ、その場で細かい微調整ができるんです。普通の生産現場なら、設計者、現場監督、生産スタッフが違う方なので、変更箇所のやりとりと調整だけで時間が掛かってしまいます。でも、二神さんはすべて一人でこなされた。ベンチャーの強みだと思います。

密閉性や空気の流れに関しては、スモークを出す機械も使ってきちんと検証しました。擬似的に再現して、感染予防がしっかりできているかを何度も確認しています。最終的に、運転室を陽圧、患者室を陰圧にすることで空気の流れをきっちり制御できるようになりました。前後を遮断できるので、空気感染だけでなく飛沫感染も防止できます。

 

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——すでに多くの工夫が詰め込まれていますが、まだ他にもありますか?

飯野:「医療機器をもっと積めないか」というご相談があったので、マイクロバスではデッドスペースになりがちなタイヤの上を使えるようにしました。専用のキャスターを付けたカートに機器を搭載できるようにしたんです。キャスター付きで簡単の動かせる構造なので、必要がないときは車外に出して空間を広げることもできます。

また、これまでのエクモカーで使っているストレッチャーは海外製ですが、今回は日本製です。このプロジェクトをきっかけに開発していただきました。海外のストレッチャーは既成の寸法が決まっていたり、輸入の段階で取付機器の設置場所を決定しないといけなかったりと、いくつか課題があったのですが、「オーエックスエンジニアリング」に解決していただきました。

 

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石井勝之(いしい かつゆき) 株式会社オーエックスエンジニアリング 代表取締役社長

2013年に現職に就任。オーエックスエンジニアリングは、斬新なデザインと優れた操作性を兼備する車いすをバリエーション豊かに展開している。車いすテニスの国枝慎吾選手をはじめ、国内外のさまざまなパラアスリートもサポート。

 

石井:すでに使われているエクモカー用のストレッチャーを見るために横浜市立大学病院に伺ったりして、実際のニーズを確認してから生産に踏み切りました。弊社は多様な車いすの生産を手掛けていて、世界中のパラリンピック選手にも愛用していただいているのですが、特徴は「モジュラー式」。オーダーに合わせてモジュールを組み合わせ、最適にカスタマイズできる方式です。それをストレッチャーにも応用しています。

今回は千葉大学医学部附属病院の大島先生から細かいニーズを伺いながらストレッチャーを製作しています。医療機器の配置、ストレッチャーの高さや幅、マットの硬さといった細かいところまで改善を繰り返しながら仕上げました。

 

——さすがにもう工夫したポイントはないですよね?

飯野:実は細かい工夫はまだまだありますが、ストレッチャーに関して追加すると、実際に使っていただいているなかで「ストレッチャーの横の作業スペースが狭い」というご意見が出てきました。

そこで、「その作業はストレッチャーの片側からされるんですか?」などと細かい確認をして、ストレッチャーを左右にズラせるように改良しました。座席が跳ね上げ式の旋回仕様なので、座席を畳めばストレッチャーを壁側に寄せることができます。

実際にストレッチャーをズラして固定する方法は「オーエックスエンジニアリング」と相談し、ストレッチャー側に留め具を追加しました。その結果、必要に応じて片側の作業スペースを広げることが可能になり、処置をしている人の後ろ側を通れたり、座ったまま作業できたりするスペースが生まれました。

 

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飯野:海外は車体が大きいのでそこまで考える必要はないんですが、道路事情に合わせて車を大きくできない日本だからこそ出てきたアイデアですね。

 

石井:海外ではなく国内の弊社だからこそ素早く対応できたのですが、病院から近い立地も幸いだと思っています。30分以内で駆けつけられるので、即座にアフターサービスが提供可能なんです。また弊社には、モノづくり全工程の経験がある人間がいます。小回りが効くので、今回もすぐに対応できました。

 

「運用しながら改良」を重ねて、エクモカーをさらに洗練

——確認したいのですが、エクモカーを納車したあとも工夫を加えてアップデートしているということですか?

飯野:納車の段階でやりたいことを網羅できたと思っていたんですが、実際に使っていただいてからもたくさんの意見が出てきました。これは、うれしいことです。「そういう盲点があったのか」と、気づけますから。対応しながらいっそう洗練させていくことが、ノウハウにもなっています。動線が見え、医療行為が見え、エクモカーに必要な要素がよりクリアになっています。今後も現場の先生たちの意見を伺い、改良を重ねて理想形を追求し続けます。

ただし、言われたことそのまま反映するばかりではありません。ストレッチャーの例のように、課題をクリアするための対応策を逆に提案させていただくことも少なくありません。潜在的なニーズを汲み取り、企画開発会社として付加価値のある提案を行えることが「ベルリング」の強みだとも思っています。

 

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実は、最初に決めたこと以外は対応しない会社も多いんです。でも、「ベルリング」はノウハウも少ないですし、完璧だとも思っていませんので、意見や感想はすべて言ってくださいとお伝えしました。大島先生は最初こそ少し言いにくそうにされていましたが、どんどん意見をいただけるようになって勉強させていただいています。

 

大島:いろいろなわがままを要望としてしっかりお伝えしてきたつもりです。問題点を解消したいだけでなく、エクモカーやドクターカーをすでに導入している他の施設に伺った課題などもクリアしつつ、これまで気づいたことをどうにかして反映したかったんです。

実は今回のエクモカーは、患者さんを搬送するだけでなく、場面に合わせていろいろな使い方ができるように想定しています。そのために必要なものをリスト化して実現していただきました。

例えば、ドクターカーとして出動したときには開胸や開腹しての手術が可能です。また、災害派遣医療チーム(DMAT/ディーマット)として出動した場合は、現場に長く滞在することもできます。

 

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大島:その上で、エクモカーとしてはより安全に。救急医療の現場ではより迅速に活動できることを目指しています。また災害医療の現場では、医療従事者が安全かつ快適に移動でき、スムーズに現地で医療活動に入れる環境を用意したいとも思っています。

今回は日本財団のコロナ対応への助成金を活用したのですが、予算やスケジュールも厳しい条件だったと思います。そこも含めてクリアしながら多機能なエクモカーが導入できて本当に良かったと思っています。

 

挑戦したことで得た「ノウハウ」を活用し、医療救護車のあるべき姿を追求

——予算や期限も厳しいなかで、これだけの工夫が盛り込めたのは驚きです。

飯野:特殊車両の生産は、企画や入札に1年ほどの時間をかけ、さらに1年をかけて生産するスケジュール感が典型的です。今回は短期間で製作する必要があり、異例のスピードで企画を練っていきました。実質3ヶ月間で車両を作り上げています。

 

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二神:期間が限られるなかで製作を進めていて、どうしても変更が発生してしまうところもありました。今回のエクモカーではストレッチャーを搭載するリフトを床下格納式にして車内スペースを確保したのですが、リフトがすんなり設置できないといった問題も出てきたんです。そんなときにも大島先生のレスポンスが早くて本当に助かりました。私たちの意見を柔軟に取り入れていただいて感謝しています。


大島:細かい仕様の変更は柔軟に対応しようと考えるようにしていました。最終的な目的が達成できることが何よりも重要ですから。実現が難しいこともいろいろ出てくるだろうとは想定していましたし、大事な部分がブレないことを優先していたんです。

 

——エクモカーを製作するうちにノウハウが溜まってきたというお話がありましたが、その先には何があるのでしょう?

 

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飯野:エクモカーの製作という初めての挑戦で得たものは大きかったと思っています。救急車の製作で培った技術をエクモカーに転用したのですが、結果としては逆に、救急車で使える技術やアイデアをいくつも回収できました。わかりやすい例で言えば、空気の流れをシミュレーションして蓄積できたノウハウは大きかったと思います。

ノウハウを活かすことで、エクモカーだけでなく機能的な救急車の量産化にもいい影響が生まれます。量産といっても大量生産するわけではなく、ストレッチャーのモジュラー式のように、ある程度のベースがあってそれをカスタムすることになるとは思います。ニーズに合う最適なカスタムを行うことが、それぞれの医療現場に貢献することにつながるとも考えています。

今後も挑戦を重ねることでさまざまノウハウを蓄積し、常識を打ち破りながら特殊車両をどんどん進化させていきます。

 

編集・執筆/平 格彦 取材・協力/Yukie Liao Teramachi(funtrap) 撮影/木下 慎次(ライズ)