DMMグループの一番深くておもしろいトコロ。
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ベルリングの新たな挑戦 ──「運転講習会」で事故防止と揺れの軽減による救急活動の質向上を目指す

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近年、救急車の出動件数は増加の一途を辿っている。消防庁の統計によると、令和4年の全国の救急出動件数は過去最高の約723万件(*1)を記録。救命の最前線で活躍する消防隊員の負担は一層高まり、迅速かつ安全な走行が求められている。 そうした中、救急車メーカーのベルリングは、消防隊員のための新しい取り組みをスタート。3月6日、千葉県柏市と流山市の消防隊員を対象に「救急車 運転講習会」を開催した。 代表取締役の山木は「救急車の出動件数が増える一方で、各消防本部で独自の講習を行っているが内容はバラつきがあり、標準化されたプログラムが必要不可欠と救急隊員から伺っている」と話す。運転講習会では何を伝えているのか、今後の展望について聞いた。

  • 勝又 隆一勝又自動車株式会社 代表取締役社長

    大学卒業後、千葉トヨペット入社、同時にトヨタ自動車出向し「トヨタ生産方式」の指導に携わる。米国トヨタへ出向後、千葉トヨペットに帰任、2009年代表取締役社長、2021年に勝又自動車代表取締役社長に就任。本年2月、旧勝又自動車学校の跡地を活用し『Katsumata Mobility Labo』リニューアルオープン。

  • 山木 拓磨株式会社ベルリング 代表取締役

    大学卒業後、不動産会社に就職するも、中学時代の野球部の先輩だった飯野(ベルリング創業者)に誘われ、創業直後のベルリングに入社。営業部門で活躍した後、生産部門も統括。2023年6月をもって代表取締役に就任。

全国的にも数少ない救急隊員向けの運転技術講習会

講習会の開催に協力したのが、モータースポーツのノウハウを取り入れた運転技術向上プログラム「D-SUP」を手がける千葉市美浜区のKatsumataMobilityLabo(旧勝又自動車学校)だ。

運営母体である勝又自動車の勝又隆一社長は、10年前にプロレーサーの運転を間近で見る機会があり、その安定した走りに衝撃を受けたと語る。「高速でコーナーを曲がるのに車体はほとんど揺れず、驚くほどスムーズな運転でした。これはモータースポーツの技術を一般の運転に活かせるのでは、と思いついたのがD-SUPの始まりです」

D-SUPの特徴は、フルブレーキや蛇行運転など一般道では滅多に経験しない運転を教習コースであえて実施することで、車や運転技術の限界を知り、スピードと安全の両立を実現すること。そして参加者一人ひとりの癖や技量を的確に見抜き、個別の指導を行うことだ。

勝又社長は「フルブレーキなどを体験したことがなければ、いざという時に対処できません。そのため、一度でも体験しておくと安心して運転できます。それが結果的に普段の安全運転につながるのです」と話す。

特に救急車は、迅速さと安全性に加え、搬送時の制振性も要求される。揺れが激しすぎれば車内での救命措置にも影響するからだ。つまり、運転技術が向上すれば救命率の向上にもつながるということである。

一般道では経験しない走行を教習コースで体験

当日は、まず乗用車を使って基礎運転を行った。記者もデモ車に同乗し、講習の一部始終を体験。最初はインストラクターによるデモ運転を助手席で体感した。猛スピードでコーナーに突っ込むと、一瞬ヒヤリとしたが、絶妙なタイミングで減速し、滑らかに曲がっていく。揺れもほとんど感じない。素人から見ても、無駄な力が入っていない、安定した運転だと分かる。

その後、運転手交代。講習に参加した消防隊員がハンドルを握り、それぞれの癖に応じて、曲がる際のブレーキングのタイミングや、ハンドル操作の所作など、マンツーマンの細かい指導が行われた。

さらに、救急車(ベルリングのC-CABIN)に移り、走行訓練を実施。車体の重心の高さや重量から、救急車特有の運転テクニックが求められた。

講習の合間に、参加した柏市消防局と流山市消防本部の隊員たちに話を聞いた。

流山市消防本部の隊員は「普段、緊急走行中に事故を起こさないよう細心の注意を払っているが、第三者から指導を受ける機会はほとんどない」と話す。講習では、カーブの手順や、ブレーキとアクセルのメリハリある操作など、具体的な指摘を受けた。「意識すれば変わるものだと実感した」と言う。

柏市消防局の隊員は、最近ベルリングの救急車を導入したことで今回の講習に参加した。「これまで細かい指導を受けられることがなかったので、とてもためになった」と振り返る。普段の運転では気づきにくい癖を指摘されたり、ブレーキングの奥深さを体験したりと、新たな気づきがあったという。「救急車で交差点に入る時は、万が一サイレンが聞こえない車がいても対処できるよう、余裕を持って安全確認しながら入っていくのですが、気持ちに余裕があればさらに視野も広がり、運転技術でカバーできる部分もあると感じました」

両市の消防隊員は、今回の学びを活かし、今後の緊急走行時の安全運転に生かしていく方針で、それぞれが「事故防止につながれば」と期待を寄せた。

揺れない走りが、患者さんのためになる

このような救急車メーカー主催の講習は珍しく、参加した消防隊員からも「機会を増やしてもらえれば、運転技術の向上につながる」と歓迎する声が上がっていた。

なぜ、ベルリングはこうした救急隊員向けの運転講習を行うことにしたのか。山木社長はきっかけについてこう振り返る。

「車体の手配などで以前からお世話になっていた勝又社長から『D-SUP』というプログラムを始めたと聞き、興味を持ったのが最初です。そこで実際に講習を受けてみると、これまで体験したことのないブレーキやハンドル操作になかばパニック状態。これはすごい講習だと驚きましたね」

その時は興奮しただけで終わったが、改めて救急車両の運転手にもこうした体験は必要だと考えたという。

「弊社の新型救急車C-CABINは、ボディの構造を改良して揺れを抑えるなどハード面での対策は一定程度できていると自負しています。加えて、運転する人が揺れないように走ることができれば、より患者さんのためになると思いました」

ところが、昨今、消防隊員によると隊員の中には運転をしたくない人が増えているという。危険と隣り合わせでプレッシャーもかかる上、特に学ぶ機会もないため自信が持てないからだという。

「普段は安全運転第一なので、スピードを出したり、急ブレーキを踏んだりすることはまずないでしょう。しかし、このD-SUPで学べば、そうした体験ができるだけでなく、より運転の技術が上がり、ひいては消防隊員の運転意欲も上がるはずです」

勝又社長も「救急車は車体の重さもバランスも一般自動車と大きく異なるため、運転が非常に難しい。さらに街中でも一定のスピードを出さねばならず、同時に安全運転も要求されます。運転が未熟だと思わぬ事故につながります。救急車に特化した運転技能実習にもっと力を入れるべきです」と指摘する。

目指すは救急活動の質を上げるハード・ソフト両面でのサポート

両社長の狙いは、運転技術の向上を通じて、現場到着時間の短縮と、搬送中のケガ人救護の質を高めることにある。つまり、自動車というアプローチから救急医療の現場に直接プラスの影響を与えようとしているのだ。

ベルリングの山木社長は「今回の講習会はあくまで第一歩。今後は全国に広げていきたい」と抱負を語る。さらに「運転講習はソフト面での貢献。将来的には、救急活動の質を上げるためにハード・ソフト両面でのトータルサポートを目指したい」と構想を明かした。

一方の勝又社長は「D-SUPは一般のドライバーにも広く受講いただきたい。そして、車を運転することの楽しさを知ってほしい。そうすれば、結果として運転に自信が持て、事故のリスクも下がるはず」と将来の展望を述べた。

救急車メーカーと自動車学校がタッグを組んで始めた人命救助現場の最前線を支える新たな試み。今後、どのように展開されていくのか、注目だ。

(*1)「令和5年版 救急・救助の現況」の公表 - 総務省

(取材・文 いからしひろき/撮影 髙野宏治)