教育、水族館、サッカークラブ。——領域の異なる50以上の事業を展開するDMM.comで、ほぼ全ての事業を管理・掌握している最高執行責任者(COO)村中悠介。
連載「建前なしの事業部談話」では、村中が各事業部の事業部長(メンバー)と対談。事業運営の実情について、建前なしで赤裸々に語っていきます。
今回は、2019年にグループインしたベルリング代表の飯野塁が登場。新型救急車「C-CABIN」の発表に至る経緯と、M&A以降の事業進捗、今後の展望について、建前なしの対談をお届けします。
現場のニーズに向き合うということ
DMMグループにジョインした際に構想していた救急車の新車両開発が、ついに実現したそうですね。従来の救急車と比較し、新車両にはどのような違いがあるのでしょうか。
飯野:従来の車両と新車両の大きな違いは、車体の大きさを変えず、車中が拡張されていることです。これまでであれば、ストレッチャーという患者さんを乗せる担架を、片側に寄せて使用しなければなりませんでした。しかしベルリング が開発した新車両であれば、ストレッチャーを中央に乗せ、双方向から治療ができるんです。
そのほかにも、救命士が車の揺れに対応できるよう手すりを設計したり、感染症対策として陰圧対応隔壁を設置したり。現場で働く方の目線を取り入れ、救急隊員が本当に必要とする安全性と使いやすさを追求した工夫を凝らしています。
現場の目線を取り入れることで、これまでにない救急車の開発に成功したんですね。そもそもベルリングは消防車を開発する会社でしたが、なぜ救急車の開発に乗り出すことになったのでしょうか。
飯野:消防領域で起業した理由の一つに、亡くなった母親代わりに育ててくれた祖母の教えがあります。僕は祖母から「一度きりの人生、命を燃やせる仕事をしなさい」と教わっていたので、人の命を救うということでそれを実現しようと決意して起業したんです。
スタートは消防領域でしたが、当初より消防車の開発だけをするつもりだったわけではありません。消防領域領域である程度実績を残せたところで、今度は挑戦の幅を広げようと、救急車の開発に乗り出しました。
救急車事業は、これまでベルリングが事業をつくってきた消防領域で培った、ハイルーフ・車両・資機材の3つの事業技術を合わせた事業です。
救われる命を増やす、その想いに共感
DMM.comを挑戦のパートナーに選んだ理由について、お聞かせください。
飯野:まず救急車を手がけるには、消防車の比ではない開発費が必要でした。それまで自己資本で成長を続けていましたが、それでも当時の事業規模では実現に時間がかかりすぎます。資金面だけでなく、メンバーも含めもっと大きな組織体にしていく必要がありました。
実は、商社との資本業務提携によって資金調達をしようとしていたんです。しかしひょんなことから、DMM.comとの出会いがありました。起業家の弟(飯野太治朗氏)から「DMM.comグループの一員になる」と連絡があり、自分も資金調達を考えている旨を伝えたところ、「役員に会ってみないか」と提案を受けたんです。紹介していただいたのが、COOの村中さんでした。
村中:そうだったね。「一度、兄貴に会ってください」と紹介を受け、事業について話をする機会がありました。当時はグループインするかどうかを真剣に考えていたわけではありませんでしたが、まずは開発した消防車を見せてもらおうと、千葉県柏市のオフィス(現在は新横浜に移転)と製品が納入されている消防本部に足を運びました。
飯野:創業時から定期的にVCや事業会社から興味を示していただいたことは何度かありましたが、プロダクトを実際に触っていただいたり、消防領域について強く関心を示してくれることはなかったんです。しかし村中さんは、消防士の方とお話をするなど、資本業務提携に関係なく事業そのものに関心を示してくれました。
村中:ベルリングの事業は、単にプロダクトをつくるのではなく、人の命を救う仕事です。そうした領域に人生を懸けていることを尊敬しましたし、純粋に応援したい気持ちがあったんです。ベルリングの消防車が普及すれば、救われる命が増えるわけですから。
飯野:僕はその姿を見て、DMM.comと一緒に事業を成長させたいと思いました。
また、50以上の事業を統括する村中さんと一緒に働くことで、自分自身が成長できると感じたことも、グループインを決める理由の一つです。自己資本で運営し続けてきたために、気がつかないままに“井の中の蛙状態”になり、視野が狭まっていました。社会に提供できる価値をもっと増やすには、僕が経営者として成長する必要があると感じたんです。
DMMが背中を押す、未知の事業成長
村中:飯野さんの意向を受け、M&Aについて真剣に考えました。「人に役立ち、未来をつくる。」というベルリングの理念に向け、一緒に事業を育てていきたい気持ちはありましたが、それでも最後まで悩みました。なぜなら消防領域は、DMM.comが得意とするIT領域と異なるからです。
しかし最後は、「やり切ろう」と覚悟を決めました。飯野さんも株式を100%譲渡し、事業成長にコミットすると腹をくくってくれたからです。
葛藤があったんですね。グループインから1年以上が経過しましたが、M&A以前と比較し、どのような変化が起きているのでしょうか。
飯野:結論、DMMグループにM&Aをしていなかったら、救急車の開発に至れていなかったのではないかと思います。というのも、資金面だけでなく人材採用や広報活動にまで、多大な支援をいただいているからです。
きっと自前で採用活動をしていたのでは、事業推進に強い人材や、大手自動車メーカー出身のメンバーを採用できていなかったはず。しかし現在は、本当に心強い組織になりました。
村中:まだコンセプトカーを発表したに過ぎませんが、それでもスピード感を持って事業領域を拡大することができたと思っています。ベルリングの売り上げも、2倍以上に成長しています。
今後はエンジニアとマネジメント層、さらには総務や財務といったポジションを強化し、盤石な組織の構築に尽力していく予定です。
飯野:これからは、“一気に跳ねるための組織”を構築していくフェーズです。
特殊車両を製造するモリタで技術部長を務めていた方や、トヨタ自動車でチーフエンジニアの経験がある方など、自動車業界で実績を積み上げてきたメンバーもジョインしてくれています。
僕は自動車業界で働いた経験がないので、企画力で勝負するしかない。それを実現してくれる強力な助っ人がいるおかげで、今のベルリングがあるんです。当初提案したときは「こんなに短期間で開発するには無理があります!」と言われてしまいましたが、それでも業界常識にとらわれずに実現してくれました。
「本当に必要なもの」にフォーカス
コンセプトカーを発表し、いよいよ事業成長に本腰を入れるフェーズかと思います。村中さんは飯野さんに、どのような期待をしているのでしょうか。
村中:焦ることなく、本当にいいものをつくるということに終始してほしいと思っています。DMMグループはITサービスを手がける事業部が多く、そのスピード感に戸惑ってしまうかもしれません。しかしベルリングには、ベルリングの使命がある。
人の命を救うという、責任あるミッションを背負っているわけですから、それを実現するために命を燃やしてほしいと思っています。
飯野:村中さんがそういってくださるように、今はとことんこだわって開発に向き合いたいです。そしていずれは、海外進出を目指します。人口が多く、インフラの整っていない発展途上国は、もっと救える命があるからです。
ベルリングはまだまだベンチャー企業ですが、いずれは人の命を救うものづくりで、業界に新しい風を吹かせたい。その未来に共感してくれる方は、ぜひ一緒に、僕たちの信じる未来に挑戦してほしいと思っています。
構成:オバラ ミツフミ インタビュー写真:つるたま アイキャッチ画像:高橋 団