DMM TVを支える動画配信の裏側
そもそも、DMM TV上にコンテンツが配信されるまでにはどんな工程があるんですか?
矢野: 映像についてはコンテンツホルダーに映像の素材を納品してもらい、それに適切な処理を加え、配信可能な状態にする。画像や文字情報については、適切に編集してシステムへのアップロードや登録を行う。ざっくり説明するとこれが配信までの一連の流れになっています。
DMM TVはプラットフォーマーという立ち位置です。もちろんDMMのオリジナル作品もありますが、全体の配信の9割以上を占めているのはコンテンツホルダーから提供いただいているコンテンツ。まずはその素材を納品してもらうところから始まります。
納品されたら取り込みや編集などのステップを経て、映像についてはデータ量を圧縮するエンコードという処理を行います。なぜこんなことをするかというと、もとの納品動画データのままではデータ量が大き過ぎてストリーミング配信ができないからです。
無事にエンコードを終えた圧縮済み動画データは、配信ストレージに順次アップロードされます。そして映像以外の画像や文字情報、契約情報も揃ったタイミングで、最終チェックを行いようやく配信準備が整います。また、動画配信時にはコンテンツ保護のためのDRM*処理も欠かせません。
*Digital Rights Managementの略。デジタルコンテンツの著作権侵害を防ぐため、利用や複製を制限する仕組み。
この一連の流れのなかで、どこか一箇所でも滞ってしまったら配信ができない。そういった意味では、大きなピタゴラスイッチが動いていると思っていただければわかりやすいかもしれません。
過去最大のプロジェクトがスタート
みなさんが作り上げた配信基盤がいまのDMM TVを支えているわけですが、プロジェクトが始動した当初はどういった心境だったんですか?
矢野:開発期間がけっこう短かったんですけど、それでも10万以上の映像コンテンツを扱うことは決まっていて。この前計測したら2022年12月1日までに処理されたコンテンツの総再生時間は約73,000時間。(リリースから)半年経った現在はこの数字よりも更に数十%増えています。DMM TVのために納品された映像や画像等の素材のデータ量は合計2PBを超えています。これまで展開してきた動画事業の基盤があるとはいえ、同じやり方では絶対に対応できないと思いましたね。
実は、ここにいる(山口)良平さんってDMMのなかでもかなりの古株で、たしか社員番号が二桁の男なんですよ。今回のプロジェクトってどうでした?
山口:間違いなく、過去最大です。
薜:実際に運用を始めてみないとわからない部分もけっこう多くて、開発にあたってはなかなかの怖さがあったと思います。
中村:僕の場合は、新卒で入社してまもなくこのプロジェクトがスタートしたので、最初はどちらかというと楽しみな気持ちのほうが大きかったんですよ。もともとアニメが好きですし、そういったジャンルをたくさん扱う配信サービスに携われるなんて願ってもないというか。でも、それからすぐに開発のプランニングを聞き「やっぱヤバいわ・・」って思いました。
一同:(笑)
エンコーダー処理能力の最大化“高画質&高圧縮”を実現
矢野さんと中村さんは主にエンコーダーシステムの開発を担っていたそうですが、やはり苦労は絶えなかったですか?
矢野:もともとあったエンコーダーシステムをブラッシュアップする形で開発は進めていたんですけど、最終的なロジックと出力フォーマットを決定するまでにけっこう時間がかかっちゃいましたね。せっかく新サービスをリリースするからには挑戦したいじゃないですか。特にどうやったら高画質を維持したまま高い圧縮率を実現できるのかといった部分は、チーム内で議論を重ねながら、かなり試行錯誤しました。
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パワーアップしたエンコーダーが成し遂げたこと ~爆速動画エンコーダーと改善されたワークフロー~
中村:そのほかにも字幕機能や多言語音声、5.1チャンネルにも対応させたりしましたよね。
矢野:でも、そこからがまた大変で。2022年3月ぐらいに実際に新しいエンコーダーを回し始めたんですけど、もうバグは出るわ、思ったようなデータが完成しないわで、最初はずっとドタバタが続いていました。GW明けには2万コンテンツ近くを再エンコードしました。
中村:とにかくログをたどって、解析して、問題を潰す。これの繰り返しです。それから、とにかく多くのコンテンツを捌かないといけなかったため、エンコードのロジック改善を行なったり、サーバーの台数を増やしたりして、エンコードシステム全体の処理能力を最大限まで高めました。2022年12月1日にサービスをリリースしましたが、本当にギリギリまで細かい修正をしました。
泥臭いことだってなんだってやる
山口さんはいかがでした?
山口:私は各コンテンツのメタ情報や業務工程の管理を行う「CODA(コーダ)」と呼ばれるCMSの開発リーダーを担っていて、今回のプロジェクトでもこれをDMM TV用に最適化するための開発を行なっていました。
苦労したのは、リリース直前の配信設定ラッシュのときですかね。本来は最終的な契約 (販売価格などの情報も含む) 完了の確認が取れたコンテンツから、CODA上で配信設定の確定をさせていくんです。でも、リリースの1ヶ月前になっても多くの作品の契約チェックが終わっていなくて、全く公開できない状態になっていました。
矢野:結局、ギリギリのタイミングで残りの何万件という数を処理することになったんですよね。
山口:直前にドサっと……。画面操作ではとても間に合わないので、新たにスクリプトを組んでなんとか間に合わせて。ヒヤヒヤしましたね。
薜さんはどうですか?
薜:納品から配信までのワークフローを自動化するJDMという名前のシステムを開発するのが私の業務だったんですけど、プロジェクト序盤から苦しみました。というのも、プロジェクトが動き出してから割とすぐにコンテンツの納品が始まることになったんですよね。
もちろん、その時点で自動化のシステムは完成していません。でもだからといってワークフローを止めるわけにもいかないので、前半フローの開発を優先的に行って素材データを受け入れつつ、残りのフローの開発を進めました。
そういったやりくりをしながらいざ全体の運用を始めてみると、仕様を変える必要が出てきたりもして。それだけではなく、DMMがこれまで活用してきた「VODST」という配信サーバーや「mlic」というDRMサーバーも、DMM TVの運用に向けて最適化する必要がありました。並行していろいろと対処しなければいけなかったという点ではなかなか苦労しましたね。
mlicについて
DRMサーバー「mlic」
VODSTについて
配信サーバー「VODST」
矢野:どのチームも泥臭いことをいっぱいしましたし、問題を解決するためにとことん考え抜きましたよね。本当に涙ぐましい努力を重ねた結果、間に合ったといいますか。いま振り返ってみると、すべてが奇跡的だった気がします。
アニメを見るならDMM TV一択。その理由とは?
配信上のこだわりという部分では、とにかくアニメの画質がすごいと聞いています。
矢野:そうなんですよ。さっきもお話ししましたが、この部分にはかなり時間をかけています。まずデータ量の変化を当社比でお伝えすると、同じアニメコンテンツでも、いままで平均5.8Mbpsぐらいだったものが、今回は良い状態のコンテンツだとコーデックを変えずに平均1.6Mbps程度まで圧縮できるようになりました。それでいて、これまでよりも高画質。このビットレートでH.264を利用し、フルHD1080pの解像度を実現しているのは凄いことだと思います。
どうしてそんなことができるんですか?
矢野:まず、エンコードの段階で、実写なのか、アニメなのかを自動判定させています。その上でアニメ専用の細かい処理を行っているのが大きなポイントです。
例えば、暗いシーンにおいて、実写ならデータを高圧縮しても違和感が出にくいですが、アニメでは高圧縮をしてしまうと画面上にバンディングという波状の線が浮き出てしまうことがあります。
動きの速いシーンを通常のシーンと同じように圧縮してしまうと綺麗に映りません。逆に動きがないシーンはそれはそれでデータを節約しすぎてしまうことがあり、その場合もブロックノイズが出てディテールが破綻してしまうことがあります。
私たちのエンコーダーシステムは、そういったシーンを判別してその部分だけデータ量を増やす処理を行うことができます。だから、全体のデータ量を抑えながらも美しい画質を維持することが可能なんです。
ではアニメを見るならDMM TV一択ですね。
矢野:そうなってほしいなとは思っていますね。それに、これからはその部分をもっと強化していきたいと考えています。
実は、コンテンツホルダーからいただく映像データって、テレビでもBDでも表現出来ない情報量の色データを持っているのが見えてきました。ユーザーは作品の本当の色を見た事がないという場合があるみたいなんですよね。アニメって微妙な色使いがちゃんと分かるコンテンツだと思っていて。キャラクターの肌の色によく使われる、うすだいだい色といった赤みがかった中間色は特にそうです。本来の色を失わずに配信する仕組みを確立したいなと思っています。私もアニメ好きなので。
最新の圧縮技術であるAV1を利用した仕組みも徐々にですが、社内で整いつつあります。これをうまく使うことで今お話しした課題を含めて様々な問題を解決することができそうで。圧縮技術を高めるための挑戦を続けながら、将来的にはクリエイターの想いをそのまま届けられるような配信基盤を構築していきたいですね。
逆に納品されているデータの質によって、綺麗な映像が配信できていないアニメも多数あります。こういった映像をうまく検知して提供者側にフィードバックするような仕組みも用意していかないといけないとも感じています。
もちろんアニメ以外の実写コンテンツに対しても力を入れてます。 アニメと実写で処理を分けているので、実写についても専用の処理を入れ、データ量を割り当てて画質を担保するような仕組みを構築しています。例えばDMM TVオリジナル作品の音楽番組であるA-LIFEでは、それらの工夫が顕著に現れています。
また、DMM TVではライブ配信にも力を入れています。それについてはまた違った工夫を行っており、そういった部分も今後タイミングを見て発信していきたいですね。
DMM TVはまだまだ進化していく、と。
矢野:配信基盤グループが開発している配信基盤システムの扱っているコンテンツ数は、DMM TVを含むさまざまなサービスを合わせて80万以上。こんなに多くのコンテンツを扱う動画配信サービスを、内製で開発しているDMMみたいな会社って日本では珍しいと思っていて。このコンテンツ数は世界展開する有料動画配信サービスの有名所よりも多かったりします。だからこそ技術的な挑戦も積極的に行うことができるんですよね。今後もさらにユーザーが使いやすいサービスになっていくので、ぜひとも期待していてください。